20.若松・久岐の浜

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生まれ変わった自然と人が暮らす街、若松・久岐の浜(若松区)

石炭で繁栄した街の面影はもう無い。また、工業廃水で死の海と化した洞海湾の姿もそこには無い。

繁栄は、安定へ。死の海は多くの生き物が戻り命の海へ。

ここは美しい自然の豊富なウオーターフロントの街として生まれ変わったのだ。

小倉中心部へは、若戸大橋から北九州市都市高速を利用すれば一直線で行ける。

隣町の戸畑には、市民の足若戸渡船であっという間に着いてしまう。

JR若松駅から筑豊本線を利用すれば折尾、直方方面へと足を運ぶことができる。

なかなか交通アクセスもスムーズだ。また、大型商業施設も近くにあるのでショッピングも楽々!

ここは若松レトロ

ここ、久岐の浜から本町の海岸沿いにかけては、大正時代に建てられたレトロ建築物が点在しており、門司港レトロとは違った歴史的な街並を楽しむことができる。

若松の石炭産業を象徴する1905年竣工の石炭会館、若松経済の金庫番1914年竣工の旧住友銀行若松支店、和風建築の華麗さを感じさせ、当時の賑やかな若松の夜を引き立てた1917年頃竣工の国登録有形文化財料亭金鍋、そして若松のランドマーク的存在の1918年竣工の旧古河鉱業若松支店、赤煉瓦作りで先端頭部の尖塔が印象的な若松を代表する建築物だ。

この周辺を散策してレトロ建築物を確認するのも面白いかもしれない。

洞海湾に響き渡る木樽の競演!

老若男女が、威勢の良いかけ声をかけて、置いた木樽や腰に下げた木樽を叩いて練り歩く、若松生まれのお囃子、それが五平太ばやしだ。

五平太とは石炭を発見した役人の名前。

その名にちなんで石炭のことを五平太と呼ぶようになり、石炭の荷役をしていたごんぞうさんが仕事の合間に五平太=石炭を題材にお囃子を口ずさんでいた。

それが五平太ばやしの原点である。

現在の五平太ばやしは5小節区切りで作詞は若松の生んだ小説家、火野葦平。この五平太ばやしの競演会は毎年7月19日・20日に開催される若松みなと祭りで観覧できる。

最終日には夏の夜空を彩る花火大会が行われ、若戸大橋から流れ落ちる熱いナイアガラの滝は迫力満点だ!見逃すな!

ただいま進化中!

若松から連想される荒々しさはもうない。

あるのは、一つの時代が終わり、新しい時代が進んでいる。それがここ若松久岐の浜エリアだ。

地区近隣MAP

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